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2026/04/11/03:12

由井家と面掛行列

「花摘御前の伝承」には面掛行列が欠かせません。

 

もともとは、鎌倉の鶴岡八幡宮で行われていた

放生会の神幸の行列の一部祭礼行事に際して

行なわれていた祭事でした。

明治初年の廃仏毀釈により、

鶴岡八幡宮から仏教的側面が排除された結果、

仏教行事である放生会を含む祭礼の形が

大きく代わり、由井家の花摘御前に関わる

面掛行列もなくなってしまいました。

 

そのため、明和5年に作成された奉納者が

坂の下の住民だったことから、その氏神の

長谷にある御霊神社に移されました。

 

このように、鎌倉時代から今も続いてる面掛行列、

それにまつわる伝説、花摘御前の伝承と、

源頼朝と花摘御前、嫡子・頼兼と長吏九郎右衛門、

由井家と鶴岡八幡宮、

 

鎌倉幕府の誕生と、源頼朝と由井家、

藤原鎌足と染谷太郎大夫時志と由井郷、

秦氏と醍醐天皇第二皇子、

非常に密接した関係性が強く示唆されます。

 

今日まで続いている事実は、軽いものではありません。

まさしく「火の無い所に煙はたたない」とは

この事かと思います。