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2026/09/02/23:53

由井(由比)家と由比(由井)ヶ浜

みんなで助け合い、支え合うことを「ゆい」や「結い」、「結い回る」

などと言われますが、これは沖縄地方の方言であり、

 

相模國鎌倉郡極楽寺村由比郷内に存在した由比ヶ浜は、

長らくその地を支配していた由井(由比)一族から

その名が付けられたするのが最も有力な説と考えられており、

それらを補強する古文書や史料なども豊富に存在しています。

 

みんなで助け合い、支え合うことの「ゆい」や「結い」から

由比ヶ浜と名付けられたと記す古文書や史料などは

現時点までに確認されていません。

 

相模國鎌倉郡を支配していた豪族、由井(由比)一族から

名付けられたされる由比ヶ浜や、由比若宮などは

現在も鎌倉市内に存在しており、

 

第二次大戦中まで由井(由比)一族が由比ヶ浜を

支配・管理していたとする史料も残されています。

ですが日本の敗戦後は、徐々に健康増進の観点などから

公衆浴場化が推進されてきたとされています。

近年では、昨今の異常気象などから、海水浴を行う客も減り

かつての賑わいは失われつつあります。

 

 

由井(由比)一族や由比若宮に起因する鶴岡八幡宮や、

甘縄神明神社、御霊神社、由比の長者の石碑なども

今も鎌倉市内に存在していますが、

 

歴史は時として、間違って解釈され、伝わることもあり、

真実を追求する歴史の旅には浪漫を感じさせます。

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